北京の空

 オリンピックの行われた北京の空は排気ガスに覆われて呼吸することすら支障があると言われていた。しかし私が北京に居た8月11日から22日まで取り立てて空気が汚れていたとは感じなかった。特に女子マラソンの行われる前夜の空は澄み渡り、綺麗な月が出ていた。北京に3年間滞在している通訳の三森さんはこんな綺麗な月を見たのは北京に来て初めてだ、と感激していた。
 では何故北京の空気は急に綺麗になったのだろうか。北京政府が空気を綺麗にするためにまずやったことは、工場を休業させ、自動車の走行数を激減させたのである。次に気象ロケットを数十発打ち上げ、雲を刺激して激しい雨を降らせたのである。ロケットの打ち上げは昼夜を問わず行われ、私のホテルからもその音が度々聞こえた。突然降り出した激しい雨の後は、気温は急激に下がり、空気も綺麗になっている。中国のなりふり構わない対面作りには驚くばかりだが、それにしても自然の回復力にも驚かされる。あれほど汚れていた北京市の空気が、徹底した規制をすれば、僅かな時間で綺麗な自然の空気を取り戻せるのである。
 私が選手だった昭和30年後半、日本もそうだった。川崎の工場地帯の汚染も酷いものだった。羽田から出来たばかりの高速道路を車で川崎方面に向かうと、京浜工場地帯の立ち並ぶ煙突からは、真っ黒なあるいは真っ黄色の煙がモクモクと排出され、硫黄の臭い匂いで街中が包まれていたことを思い出す。私の大学のあったお茶の水の神田川はどぶ泥のような水が澱み、ぶくぶくとメタンガスが吹き出していた。
 ところが今はどうだ、高速道路からは川崎から横浜まで見渡せるし、神田川には鯉が群れて泳いでいる。月から見た地球は実に美しい、地球は太陽系で一番美しい星なのである。日本もかつては有数の地球汚染国であったことを忘れてはならないだろう。
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