サイティエフ静かに退場

 英雄サイティエフが北京オリンピックフリースタイル84キロ級に優勝して静かに去っていった。サイティエフは4度オリンピックに出場して3度優勝というロシアの大英雄である。しかしチェチェンの出身であるサイティエフは、ことあるごとにロシア中央政府に反抗し注意人物としてマークされていた。ロシアのオリンピック予選ではサイティエフの敗戦を期待する中央協会幹部とチェチェンを始めグルジア系のロシア人と一触即発の事態に大変な警備だったそうである。
 北京大会で優勝したグレコローマン74キロで優勝したグルジアのKvirkelia選手も、フリー66キロで優勝したトルコのSahin選手も皆、元はロシア国籍であった。カフカス地方出身のレスラーはソ連レスリングを支えてきた。バロワーゼ、サガラーゼ、ルパシビリ、ベリアシビリ…、数えたらきりがない。誇り高きコザックの英雄達は世界最強のソ連レスリングを支えてきたのである。
 そしてサイティエフである。静かな男サイティエフは優勝すると観覧席から投げられたロシア国旗を肩に掛けマットを一周すると、マットの中央に立ち、ロシア国旗をマット中央な置きざりにして静かに去っていった。しばらくはロシア国旗には誰も手を触れずそのままになっていた。置き去りの国旗は何の意味なのか、サイティエフの心境はなんなのか。さよならレスリング、さよならロシア、という意味なのか。オリンピック開催中にロシアは同胞グルジアを爆撃した。国家、民族、誇り、色々と考えさせられる北京大会でもあった。
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