変な男 王者 市口政光
 
 市口政光さんは東京オリンピックのゴールドメダリストです。現在は東海大学の教授をしておりますが、レスリングには、少年レスリング以外あまり関わっておりません。市口さんはオリンピックの話しが出ても、あまり話しに乗らないで、他の話をしましょうよ、と話しをそらせてしまいます。彼はオリンピックに2回出場し、ローマ大会から東京大会まで世界の王者に君臨し、日本中の期待を一身に受けるプレッシャーのなか、見事期待に応えて東京オリンピックで優勝したのです。勿論、王者としてのプライドは人一倍持っております。しかし彼は、それはそれ、金メダルは過去のこと、今は今やっていることが大切なんだ、と考えているようです。

 私とは同級生で東京オリンピックを目指した仲です。彼は関西大学の1年生の時、天と地ほど実力の違う当時最強の中央大学レスリング部に夏休みに出稽古に来ておりました。私は同じ1年生でもエリート高校チャンピオン、関西の無名の選手など眼中になく話しもしませんでした。その市口が度々中央大学に練習に来ているうちに、見る見る腕を上げ、3年の時に並み居る中大の上級生を敗って、ローマオリンピックの代表になってしまったのです。私といえば、選考会の決勝まで進み、日大の松原選手に勝ったのですが、選考の結果、代表の座を譲り悔しい想いをしたものです。その市口氏が東京大会で優勝したことは多くの人の知るところです。しかしゴールドメダリストは沢山いますが、市口氏のような考えを持った人は珍しいと思います。オリンピックは過去のもの、俺だけの誇りだ、として金メダルの話はあまりしたがらず、数々受けた表彰のトロヒィーや盾は、自宅花壇の杭代わりに使い、朽ち果てさせているのです。なにかにこだわっているのかといえばそうではなく、ただゲラゲラ笑って、「今泉、昔のことだよ。飾っておいたって邪魔なだけだよ」と取り合いません。そのくせ、最近夢中になっているゴルフで取ったトロフィーは磨き込んで応接間に飾ってあるのです。それを私が指摘すると、「俺にとって、今はゴルフのトロフィーの方が大切だよ」とまたゲラゲラ笑っております。変な男です。
 

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