燃え尽き症候群と少年レスリング

スポーツ界で燃え尽き症候群という問題が叫ばれてから久しい。確かに高校までは一生懸命練習をするが、大学で自由な雰囲気の中で練習をするとだんだんだれてしまい、最後は普通の選手になってしまう。あるいは高校でパッと辞めてしまう選手も多い。よくある話だ。昔と違って今のスポーツアスリートは大部分が小学生の頃から専門的にやっている。もちろんそれが悪いことではないが、長い目で見ていると問題か起きることもままある。そりゃそうだろう。小さい頃から一つのことだけをしていれば嫌になるのも当然だ。ましてや娯楽もたくさんある時代、ちょっとよそ見をしたらこんな辛いこと、やめたくなるのも仕方がないかもしれない。コーチの人もよく考えてみればいいだろう、コーチの大半は現役の経験があるだろうが、勝負に徹しなければいけないときのプレッシャーは並大抵ではない。しかも彼らは小学生からそんなことをしている。いくら我々コーチが現役の経験があろうとも、小学生時代から勝負の世界に生きた経験はない。我々の時代は少年レスリングなんてない、ほとんどのものは高校くらいから始めているのだ。だからその辺の子供の心理について、実は我々もよく分からない。オリンピックを目指した人もたくさんいるだろうが、本当に命を掛けてレスリングに打ち込めた時間なんてどれくらいのものだろうか。たいていの者は4〜5年だろう。私は、人間は一つのことにそう長々と集中力は続かないと思っている。アメリカのスポーツはその点うまくできたもので、シーズンスポーツという制度があるから、夏と冬とではするスポーツが違うのだ。簡単にいえば、日本の半分しか練習をしていない。しかも彼らのやっているのは、カレッジスタイルであってオリンピックルールではない。それでもアメリカのレスリングは世界のトップクラスだ。ここをよく考えなければいけない。

 少年レスリング連盟事務局長菅芳松氏の息子、太一君は小学生の頃チャンピオンであったが、中学時代は親の方針でレスリングをさせず、柔道に励んでいた。ずっと同じことをしていたら嫌になってしまうからだ。そして高校でレスリングに戻り、見事高校チャンピオンに、さらに大学に進むや1年生で学生チャンピオンに輝いた。やはり少女レスラーだった娘も中学時代にバレーボールをしていたが、現在は女子高校生レスラーとして活躍している。

 小学時代にレスリングをやった子供達は、中学生では、一休みするのも一つの方法ではないか、何も私は中学生にレスリングをさせてはいけない、というのではない。中学生にレスリングをする環境を作ることはもちろん重要だ。ここでいっているのは、同じ事を同じペースで続けることは非常に弊害が多いということだ。レスリングクラブであっても相撲をしてたっていい、柔道だってサッカーだって、時にはクラブ対抗野球大会だって大いに結構。幸いレスリングには「レスボール」なんていう面白い競技もある。小さいときにひたすらレスリングを叩き込むだけが練習じゃない。仮に大人までレスリングを続けるとしたら、小学1年から25歳までとして、何と20年近くもレスリングに取り組まねばならない。つまり、指導する側は20年のスパンを前提として指導しなくてはならないのだ。これはそんなにオーバーな話ではない。実際に昔の少年レスラーが25歳まできているのだ。今勝つことを考えれば、ただひたすら技術を教え、しごきあげなければいけないだろう。しかし、コーチにとっては小学生で終わりでも、本人にとってはその後の長い将来がある。問題は単なる技術論や勝負論だけでなく、子供の精神面や身体面、もっといえば、教育的効果にも繋がる重要なことである。今だけ強ければではなく、将来をも見据えて指導を行って欲しい。そうすれば、燃え尽き症候群も少しずつ改善されていくだろう
(平成12年4月1日、全国少年レスリングホームページに掲載)

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