オリンピックコーチの役割
 
 我がレスリング協会のオリンピックコーチと言えば、選手は絶対服従、監督の言わない細かいことまで注意する鬼より怖い存在である。私もメキシコオリンピックのコーチを務めたが、チームには私より年上の選手もいたが、たるんでいる選手は怒鳴り散らした覚えがある。
 コーチとは選手が試合に最大の力を発揮できるよう、試合に支障の無いように気配りをし、時には悪役に徹してどんな事でも泥をかぶるのが役割だと私思っている。コーチは選手がメダルを取ったときは後ろに下がり、選手が不成績の時は表に出て選手を庇うのが役割である、と代々レスリング協会はコーチにこの様な役割を課してきた。オリンピックコーチは日本オリンピック選手団の一員として名を連ね、国費で全てを賄われて日の丸を胸にオリンピックに参加しているのである。
 ところが今回冬季オリンピックの一部コーチの弛み具合はどうなっているのだ。スノボートの国母選手の問題もコーチの責任は重大である。更にボブスレーの小室選手の失格の失態、リュージュの安田文選手の重量超過失格問題、話にならない。彼らは日本選手団のコーチの責任をなんだと思っているのだ。フィギュアスケート男子の織田選手の靴の紐の切断もコーチの不注意である。
 一部冬季オリンピック選手のコーチは芸能界のマネージャーの様な存在で、選手に阿って何も言えず、本来のオリンピックコーチの仕事と責任をはき違えているのではないか。

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